東京高等裁判所 平成2年(ネ)3937号 判決 1991年7月30日
控訴人
渡邉春枝
右訴訟代理人弁護士
篠原千廣
被控訴人
渡邉勇
右訴訟代理人弁護士
中川賢二
主文
一 被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録(一)ないし(三)、(五)ないし(八)記載の各不動産について、昭和六二年一一月二七日遺留分減殺を原因とし、控訴人の持分の割合を二四分の一とする持分一部移転登記手続をせよ。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金九一二万五〇〇三円及びこれに対する平成二年二月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人(当審において訴えを変更し、原審の訴えのうち、共有持分権に基づく登記手続請求の訴えを取り下げた。)
主文同旨
二 被控訴人
1 本件控訴(当審で追加された請求を含む)を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 渡邉榮治郎(以下「榮治郎」という。)は、別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を所有していた。
2 榮治郎は、昭和五九年六月四日付公正証書遺言(東京法務局所属公証人植村秀三作成、同年第九八〇号)により、本件不動産を含む財産全部を包括して被控訴人に遺贈した。
3 榮治郎は、昭和六二年七月六日死亡し、相続が開始した。
4 榮治郎の相続人は、同人の妻であるトリ及び控訴人、被控訴人を含む六人の子である。
5 被控訴人は、本件不動産につき、同年一〇月一五日、前記遺贈を原因として所有権移転登記手続をし、その旨の登記がなされた。
6 遺留分減殺請求
(一) 控訴人は、榮治郎の相続財産について二四分の一の遺留分権を有している。
(二) 控訴人は、被控訴人に対し、同年一一月二七日到達の書面で遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
(三) したがって、本件不動産については、遺留分減殺の効果として、被控訴人と控訴人との間では、被控訴人が二四分の二三、控訴人が二四分の一の各割合による遺産共有になったものである。
7 被控訴人は、同年一一月三〇日、別紙物件目録(四)記載の土地(以下「(四)の土地」という。)を訴外片田年男外二名に代金二億一九〇〇万〇〇七四円で売却した。
8 右被控訴人の行為は、(四)の土地の二四分の一の持分については、権原なくして所有権を譲渡したものであり、故意又は過失により控訴人の権利を侵害した不法行為に該当し、控訴人は、前記代金の二四分の一にあたる九一二万五〇〇三円の損害を被った。
9 よって、控訴人は、被控訴人に対し、遺留分減殺による本件不動産に対する遺産共有権に基づき、別紙物件目録(一)ないし(三)、(五)ないし(八)記載の各不動産について、昭和六二年一一月二七日遺留分減殺を原因とし、控訴人の持分の割合を二四分の一とする持分一部移転登記手続を求めるとともに、選択的に、価額弁償ないしは不法行為に基づく損害賠償請求として、金九一二万五〇〇三円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(ないしは本件不法行為の日の後)である平成二年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし5の事実は認める。
2 同6(一)、(二)の事実は認め、(三)の主張は争う。
3 同7の事実は認める。
4 同8の事実は争う。
5 同9の主張は争う。
なお、(四)の土地の価額弁償については、被控訴人は右売買による所得につき七〇〇〇万円を超える譲渡所得税等の税金を支払っており、控訴人が主張する金額を請求することはできない。
三 抗弁
1 寄与分
榮治郎は、死亡するまで半農半漁の生活をし、同人の子のうち男は被控訴人だけであったので、被控訴人は満足に学校にも行かず幼少時から継続して榮治郎の稼業を手伝った。それ故にこそ、榮治郎は、その財産の大部分を占める農地を手放すことを免れたものである。この事情に照らすと、被控訴人に対する本件遺贈のうち少なくとも六割は被控訴人の右寄与に報いる趣旨でなしたものであり、この部分については遺留分減殺請求権を行使することができない。
2 控訴人は、榮治郎から生計の資本として生前贈与を受けている。
3 本件相続には相続債務がある。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は、いずれも争う。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求原因1ないし5の事実、同6の(一)、(二)の事実は、当事者間に争いがない。
そうすると、被控訴人は榮治郎の死亡の時点で、包括遺贈により、同人が相続開始当時所有していた本件不動産を含む全遺産を取得したものであるが、遺留分権利者(法定の遺留分二四分の一)である控訴人が遺留分減殺請求権を行使したことに基づき、遺言による指定(全部)が修正され、右修正された各相続分の割合により、本件不動産を含む全遺産につき、被控訴人と控訴人との遺産共有の状態になったものというべきである。
二そこで、進んで抗弁について検討する。
1 被控訴人は、抗弁1において、榮治郎の相続財産である本件不動産につき六割の寄与分があるので、具体的遺留分の計算において、これを考慮すべき旨主張する。
しかしながら、寄与分は、共同相続人間の協議により、協議が調わないとき又は協議をすることができないときは家庭裁判所の審判により定められるものであり、遺留分減殺請求訴訟において、抗弁として主張することは許されないと解するのが相当である。
したがって、抗弁1は、採用できない。
2 抗弁2、3について
被控訴人は、控訴人が榮治郎から生計の資本として生前贈与を受けており(抗弁2)、また相続債務がある(抗弁3)旨各主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
3 そうすると、本件不動産を含む榮治郎の全遺産につき、被控訴人と控訴人との間では被控訴人が二四分の二三、控訴人が二四分の一の各相続分の割合による遺産共有の法律関係になったものというべきである。
三ところで、控訴人は、右相続分に従った遺産分割の手続を経ていない以上、本件不動産について具体的な共有持分権を有するものとはいえない。しかしながら、遺産分割手続前の遺産共有の状態においても、相続人は、遺産を構成する個々の不動産につき、相続人全員の各相続分に従った共同相続登記を受けることができ、相続人の一人が右遺産共有の状態に反して単独の相続による所有権移転登記を受けているときは、遺産共有権に基づきその是正を求めることができるのであり、本件のように一旦包括遺贈により遺産全部が受遺者である相続人の一人に移転し、その後遺留分減殺請求権の行使により相続人間の遺産共有の状態となったような場合においても、その遺産を構成する個々の不動産につき受遺者である相続人が遺贈による単独の所有権移転登記を受けているときは、これを各相続人の相続分に応じた共同相続の状態にあることを示す登記に是正することが許されるべきことは当然である(しかも、このような場合、特定遺贈の場合と同じく、登記を経ない限り、遺留分減殺請求権行使の効果をその後当該不動産に関し利害関係を生じた第三者に対抗することができないものと解される。)。そして、このような場合の是正は、受遺者である相続人から遺留分減殺請求権を行使した相続人に対する登記原因を遺留分減殺とする持分の移転登記の方法によるのが相当である。
したがって、控訴人の被控訴人に対する本訴請求中、遺留分減殺請求権の行使の効果としての、別紙物件目録(一)ないし(三)、(五)ないし(八)記載の各不動産の遺産共有権に基づき、昭和六二年一一月二七日遺留分減殺を原因とし、控訴人の持分の割合を二四分の一とする持分一部移転登記手続を求める部分は理由があり、これを認容すべきものである。
四金銭請求について
1 請求原因7の事実は、当事者間に争いがない。
2 前記認定の事実によれば、被控訴人は、控訴人による遺留分減殺請求権行使の効果としての遺産共有中の(四)の土地について二四分の二三の持分を有するに過ぎないのに、右土地を訴外片田年男外二名に売却したものであり(成立に争いがない甲第六号証によれば、昭和六二年一一月三〇日にその旨の所有権移転登記がなされている。)、また、(四)の土地を売却するに際して事前に控訴人から遺留分減殺請求権を行使する旨の通知を受けていたのであるから、被控訴人は、故意に(少なくとも過失により)、(四)の土地を売却して登記をすることにより、控訴人の(四)の土地に対する二四分の一の持分権を喪失させたものというべきである。したがって、これにより控訴人が被った損害九一二万五〇〇三円(売買代金二億一九〇〇万〇〇七四円の二四分の一)を賠償すべきものである。
なお、被控訴人は譲渡所得税等の控除を主張するが、これを右控訴人の損害額から控除すべき理由はなく、被控訴人の右主張は採用できない。
3 そうすると、控訴人の被控訴人に対する本訴請求中、不法行為に基づく損害賠償請求として、金九一二万五〇〇三円及びこれに対する右不法行為の日の後である平成二年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容すべきである。
五よって、控訴人の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 赤塚信雄 裁判官 桐ヶ谷敬三)
別紙物件目録
(一) 東京都江戸川区南葛西二丁目二三番六
畑 四九一平方メートル
(二) 同所同番五
畑 六一七平方メートル
(三) 同所二二番一
畑 三七四平方メートル
(四) 同所一四番六
畑 二四一平方メートル
(五) 東京都江戸川区東葛西八丁目三五一五番一
田 二八二平方メートル
(六) 同所三五一四番
宅地 296.79平方メートル
(七) 同所三五〇九番
田 二三八平方メートル
(八) 同所三五一四番地、三五一五番地
家屋番号 三五一四番一
木造瓦葺二階建居宅
床面積 一階 106.67平方メートル
二階 23.13平方メートル
以上。